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歯科経営

歯科経営 渋谷ハプラス歯科最近の渋谷ハプラス歯科[2021/03/23]

最近の渋谷医院

 

 

おそらくはAsiaで最もcoolな街のひとつ、渋谷で歯科医院を運営している渋谷ハプラス歯科の木村です。

渋谷医院の院長先生を矢野から篠原に交代したり、スタッフも少し入れ替わったり、コロナウィルスで緊急事態宣言が発令され1ヶ月のあいだ閉院したりと、もうじき渋谷を開院して3年となるのですが、渋谷医院がどうなったかというのをご報告いたします。

私木村自体は1週間に1日とか1.5日ぐらいしか診療で足を運べなくなっておるのですが、その日その日にわざわざ検診や診察を受けに来てくださる患者様もいらっしゃり、相変わらず忙しくお仕事をさせていただいております。

今日はメインテナンスで来ていただいた患者さま皆さまをチェックしつつ、all on 4の患者さまにおまけで2本インプラントを追加したり、all on 4の抜糸をしてプロビの調整をしたり、インビザラインの患者さまの両側8番埋伏を抜歯したり、右臼歯の上下全部のインプラントジルコニアを同時にセットしたり、サイナス回避の患者さまの傾斜インプラントを2次オペしたり、嘔吐反射の外国人の患者さまを鎮静下でインプラントオペしたり、アメリカで入れたインプラントを補綴前に仕事で日本で来たけどコロナで帰れなくなったという患者さんに日本は花粉ひどいよと言われつつ上部構造をセットしたり、といった感じです。こう書いてみると本当に歯医者冥利に尽きる診療をさせていただいております。皆さまお疲れ様でした。

立ち上げの時の衛生士だった子も育休でお休みに入り、交代で池袋の衛生士たちが繋いでくれ、その後新しく入ってくださった関西の衛生士さんが処置を頑張ってくれ、池袋ハプラス開院時の第一号衛生士さんのH岡さん、実は英語が得意だということがわかり、英語で外国人の患者様を非常勤でメンテナンスしたりと、帰ってきてくれた人もおります。

矢野は実家の家業をつがねばならぬので退職、と言う話から早1年半が経ったのですが、なんかまだ診察に来ていて、終わらない患者さんを診ています。

肝心の渋谷の全てを任せた新院長の篠原は、ものすごく若く、そして多くを語らないので、さぞストレスも多く大丈夫かと心配になるのですが、問題らしい問題は全く起こさずむしろ性格的にも症例的にも問題のある患者さまの治療もきれいに仕上げるので、大したものだなと感心しています。

そしてそれを支えるのは20代前半のスタッフHさんなのですが、手技は全社の中で最も熟達するに至り、若くして渋谷院の主任となりました。

渋谷の街は若く、新たなムーブメントが起こり、変化も大きい街と言うのは皆が感じるところではないかと思います。それに合わせたわけではありませんが、歯プラスの渋谷医院も、1番大きな変化をした医院となりました。そして最も若い医院となりました。

ある一定の患者様たちに支えられ、ああほんとうになんとかなってしまったなという近況でした。

渋谷の街の緊急宣言明けはすばらしく、改めて勢いを感じた光景がそこにはありました。宣言明けに戻ってきて下さった患者さまがた、ほんとうにありがとうございました。

さいごに、本日いらして下さった患者さまの中に女優さんがいらっしゃるのですが、お若いのに先日ご自分の舞台を主宰なさり、私は行けなかったのですが、記念のグッズを持ってきて下さりました。Tシャツ着てブログあげますねとお礼したのですが、最近まじで腹が出すぎてオジさん丸出しなので、品のみ出しときます、ありがとうございます。開院やコロナでとんと舞台も観に行けてないのですが、今年は何か観に行きたいものです。せっかく芸術とエンタメの街、渋谷にいるんですしね。

みなさまも、最近の歯科は半分は楽しむものと捉えていただいて、何かお出かけのついでに当院をご利用くださいますと幸いです。

 

 

 

 

渋谷ハプラス歯科 木村

 

 

 

歯科経営 池袋ハプラス歯科東日本大震災10年を迎えて[2021/03/11]

  1. 東京で4円の歯科医院を運営しているハプラス歯科の木村です。

 

本日は池袋で、全顎的な大きい手術をさせてもらっていました。

早いもので東日本大震災から今日で丸10年が過ぎました。スタッフの何人かと震災の時にどこで何をしていたのかと話しましたが、ある先生はまだ研修医をしていたり、またあるスタッフは中学生、まだ小学生だったと言うスタッフもいました。当時私はと言うと、前職場であるアイデンタルクリニック新宿院の雇われ院長として、新宿におりました。

 

地震の時にスタッフルームにいた私は、強い揺れを感じ本当に長いことものすごく揺れて、棚の上からパソコンが落ちてきたりそれが同僚に当たったりするのを、目撃しました。同僚の先生2名がインプラントの手術を2件行っていて、うち一見は静脈内鎮静法家で処置をしていました。幸い電源はすぐ落ちなかったので、手早く手術を終わらせて、麻酔を覚まし、外に出られるものは、外に出て余震などに備えました。電車が止まって帰れない患者様にはクリニックで止まっていただいて、私たちスタッフの何人かもクリニックで止まりました。

私たちスタッフの何人かもクリニックで止まりました。

それから計画停電であったり、原発事故であったり、

様々なことがあり、

私もいちどきりの人生であるから失敗するかもしれないが挑戦してみようと思い、独立するにいたりました。

池袋ハプラス歯科を立ち上げてからは自分が思った以上に患者様にご来院いただき、スタッフも増えたので、たまに震災のことを思い出すにつけ、大きな災害があったとしてもどこかのクリニックは生き残るようにというのもあり、拠点を4つにして分散させたこの10年でした。やはり3月11日は自分が体験した恐怖の中でも結構上位に上がる体験だったので、折に触れどう災害から皆の身を守るかを考えます。

地震や災害に強い会社を作りたいと思っています。災害があった後も、スタッフや患者様が、戻ってこられるように、少しですが体制を整えては来られました。幸いにして命が残った私たちは、命の尊さをこの日ぐらいは感じて、1日1日、一人一人一生懸命診察してゆくことが、犠牲になられた方々への供養かと思います。

福島から避難してこられた患者様達をけっこう診察させていただきました。新聞を読むといまだに避難生活で故郷に戻れない方々が何千名といらっしゃるそうです。全紙に目を通し、やはり被災した方一人一人に大きな悲しいドラマがあったことが読んでいてつらいです。皆様に平穏な日々が戻られることを願いますとともに、たまに診察させていただく際には丁寧に処置していこうと思います。

 

池袋ハプラス歯科 木村

 

歯科経営 池袋ハプラス歯科勉強会、続き。[2021/03/04]

池袋院にて、続き、

 

心がけのことでお二人に話したのは、

二人とも開業してね、という事(うちの先生たちは全員独立して下さいと思っています)、

歯医者である前に人間として、どうあればうまくいくのかな?、という観点で

お二人は今のところ合格ですねと、

どこが合格かというと、可愛らしいですね、教えたくなります、という事です。でもそれって当たり前にできることではなくて、例えば今日なんかも忙しいとかいえばわざわざ北千住から池袋、来なくてもいいと思いますし、zoomでいいと言ってますし、事前に何時に行けばいいですか?とか、持ち物、なんですか?とか

聞いてくれたりして、中にはそうでない人もいると思うので、

そういうこと一つとっても、人に可愛がられる、贔屓にされるというのは、重要なことだなと思います。

やる側にとっては、最近の若い人って難しい、言う事聞かないってのが一般的な認識だと思いますし、上からの権利を振りかざしたとて、むしろ最近は従業員の皆さまの方が権利意識は向上していると思いますので、

言った事ちゃんとやるかなとか、呼んだら来るのかな、とかレベルで気を遣うので、問題起こさず言われた事ちゃんとやるだけでも実は真ん中より上レベルの人財なので、いい感じですとお話ました。

そして、取りいったり仕事もらって出世したりという、そのための気遣いとか努力とかは、し続けないといけない、

きちんと患者さんや人の顔色を見て、

ボケッとしてたら出世なんてできる訳ないですし、実は私も40過ぎても、

50,60くらいの年上の患者さまがたに、いかに可愛がってもらえるか、また来てもらえるか、ずっとその連続です。

例えばその患者さまの中に、地元のすごい力のある方がたまたま混ざっていたりして、お祭りの時とかに偶然それを知ってお会いしてご挨拶したりできて、

その方に地域の情報を教えてもらえたのが経営に役立ったりとか、そんな感じです。

 

患者さまにはもちろん、

自転車置き場のおじさん、

コンビニの外人さん、

デパートのおばさん、

皆んなに可愛がられないとね、というような事をお話しました。

 

新宿ハプラス歯科 木村

 

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